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2021.09.01

【60周年記念事業】産経新聞社 植村特別記者ご寄稿「鬼筆のスポ魂 特別編」

当社は昭和36年9月に関西地区新聞即売㈱として設立、本日で60周年を迎えました。これも皆様のご支援ご協力の賜物と御礼申し上げます。
その記念にあたり産経新聞社特別記者 植村徹也様よりご寄稿をいただきました。植村様はサンケイスポーツ記者として阪神タイガース担当一筋。サンスポ編集局長、サンスポ代表補佐を歴任、現在も産経新聞、サンスポで縦横に健筆を揮われています。ここでしか読めない「鬼筆のスポ魂 特別編」。誰もが知る二人の野球選手の軌跡を描いています。

鬼筆のスポ魂 特別編
あまりにも両者の現在地に違いがありすぎる。今や投打の二刀流で全米を熱狂させているエンゼルス・大谷翔平投手と8月中旬、またも2軍落ちした阪神・藤浪晋太郎投手のことだ。2人は94年生まれの27歳。両者の今季成績を比べると…。大谷は投手として8勝1敗、防御率2・79。打者としては120試合に出場して打率2割7分、40本塁打、88打点。一方の藤浪は3勝3敗4ホールド(いずれも8月23日現在の数字)。どうして、こんなにも2人の野球人生は残酷なまでのコントラストを描いているのだろうか。
 大谷と藤浪は高校時代、ツインタワーと称され、注目を浴びた。2012年の春はともにセンバツ大会に出場し、藤浪の大阪桐蔭と大谷の花巻東は1回戦で対決した。結果は藤浪の勝ち。この年、藤浪率いる大阪桐蔭は春夏連覇を達成した。翌13年に大谷は日本ハムに、藤浪は阪神にドラフト1位指名で入団した。ルーキーイヤーから藤浪は10勝、11勝、14勝と順風満帆。大谷もルーキーイヤーこそ3勝だったが、2年目から11勝、15勝、10勝。打者との二刀流を続け、10勝をマークした16年には104試合に出場して打率3割2分2厘、22本塁打、61打点をマークしてチームの日本一に貢献している。
 分岐点はその16年シーズンにあると見る。藤浪は7勝11敗と負け越し、ここから両者の明と暗はクッキリと分かれていく。藤浪は制球難に陥り、ストライクを取りに行く150㌔直球は打者目線で速さを感じさせない。プロ3シーズンで見せた豪快な投球は影を潜めた。不振に陥る直前、投球フォームを自ら変えた。振りかぶるフォームをセットポジションからの投球にした。理想としたのは大リーグで活躍中のダルビッシュ有投手だった。同じ長身で制球力は抜群。クセによって球種を見破られないため…などの理由でセットから投げるダルビッシュを自分に重ね合わせたようだ。しかし、これが迷路の入り口だった。今季途中には以前のように振りかぶる姿も見られた。試行錯誤とはこのことだが、以前のような迫力は戻っていない。ダルビッシュのように投げる…は大きな誤算となって自身に跳ね返ってきた。
 逆に大谷は自分自身を貫いている。プロ入り当初から賛否両論あった投打の二刀流だが、本人には全くブレがない。周囲の声に惑わされることなく、自分自身の夢をひたすら追い求めた。日本ハムの栗山監督は「彼はマンガの世界から出て来たような選手を目指している」と話していたが、まさに現在の姿は「マンガの主人公」だ。
 大谷も藤浪も高いレベルで戦っている。より強く、より速く…。プロのアスリートは少しでも高みを目指して創意工夫、努力を積み重ねている。藤浪もまたプロとして、より強く、より速く…を目指してきた。しかし、そこに不可欠だったのは自身の姿を正確に見つめる客観的な視点だったのかもしれない。大谷が投打の二刀流を続ける理由を栗山監督はこうも評していた。「投打の二刀流を続けるほうが翔平はいい結果を残すだろう。なぜなら投手として、自分の打撃を客観的に見ることができ、打者として自分の投球を客観的に見ることができるからだ」とー。藤浪にこの客観的な視野があれば、今ごろどうだっただろう。思いっきり振りかぶってストライクゾーンに投げ込む150㌔超の直球を打者は前に飛ばせただろうか…。阪神の監督経験者はこうも話していた。「藤浪は自分のことをスライダー投手と思っている。それが続くなら、彼は終わるかもしれない」。
 ただし、まだ藤浪は27歳だ。若い。自分自身を見つめ直して、甦るチャンスはいくらでもあるはずだ。大谷の描くサクセスストーリーに負けない軌跡を見せて欲しいと願う。大谷と藤浪、藤浪と大谷…。両雄がどこかの舞台でまた火花を散らして戦う姿を見たいと願う。

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